続・迷走中 シーソーが見えてきた

自分なら受かると思ってみたり

自分ではダメだと思ってしまったり

仕事がうまくいっている時や物事を楽しく過ぎている時は

自信はなくても不安もなくて

もっといい時は知らぬ間に自信がどこからか湧いてきていたり

でも今はその源泉がどこだか行ってしまっております

まぁ自信があるだけで就職決まればいいんですが

そうでもなし

とはいえ不安だけでは相手にバレて良くもなし

対策はしているが、しているつもりの域を出ない

時間が余ると

知らぬ間に不安がどこからか湧き出てくるし

自信も不安も同じ湧き方をしていることに今気づきました

え、お前ら同一人物??

え、めっちゃ面倒な奴らやな・・

同一人物だとすると、自信はいいもの不安はいやなものと思っていたけど

自信が不安と同一人物やったら自信が湧いてきたってことは

不安に変わるかもしれんやつが湧いてきたかもしれんということ?

なんてこったい

じゃあ、自信が湧いてきたから「よし、いいこと!」とは言えなくなるな…

じゃあ、不安が湧いてきたらから「うわ、いやだなぁ」とは思わなくてもいいのか?

自信が不安に変わるかもしれないやつなら

不安も自信に変わるかもしれないやつということにならん?

そういうことにしておくか

よくわからんしそうしとこう。

自信を持てると持ってない時に不安になる

不安な時があるからそうでないようになった時を自信と呼ぶ

程度の問題?

心の中にシーソーを作る

そこに満月のようにまんまるくて

水晶のようにツヤツヤで

ビー玉みたいな

止まることができない球をのせる

左にシーソーが傾いていると

その玉は左にコロコロ

でもそのシーソーは生きていて

いつだって真っ直ぐになっていたいと必死です

左に傾けば

歯を食いしばって右に傾けます

すかさずビー玉が右側へ

ガッタンこ

シーソーは右に傾きます

シーソーはくたびれた顔をして、くしゃりと肩いと息を落とすと

すぐにまた思いっきり吸って、ふんっ

左側へ傾けないと!

止まることのできないビー玉は

左へ右へ

気づかれたと思いますが

そうです、シーソーの傾きは私の感情

ビー玉はなんでしょうか?

シーソーは穏やかでありたいと願い、必死にがんばります

健気ですね

ビー玉は自分の中にあるくせに自分では直接さわれないのです

なんせ「止まらない」ではなく「止まれない」ビー玉なので

どうすることもできません

どちらかに傾けば「不安」に

その反対に傾けば「自信」に

なりそうな気がします

いや、そう呼んでいるだけの気もしてきました

シーソーは一生懸命にまっすぐになろうとします

それは私が感情をひどく上下させたくないから

無意識に心の中で頑張っているのだと思います

だから、不安に襲われた時、不安になりそうな時、

自信があるのにふと失敗したらと考えて、どうにか自信を保とうとする時

心の奥からどっと疲れます

知らぬ間に心の奥のシーソーが真っ直ぐになりたいと踏ん張っていたからかもしれません

ビー玉はきっと

真ん中をフラフラしてると軽くて、シーソーも楽々

でも

どちら気に傾くとコロコロ転がって次第に重さを持つようになる

重くなるとシーソーも力を入れなきゃいけなくなる

そうして勢いよく反対に傾けると

ビー玉はゴロゴロと重くなりながら反対側へ

そうして穏やかではなくなる

転がらないようにどちらかに傾けぱなしは?

「自信」の方に傾けておけたら最高じゃない?

自信たっぷりのかっこいい人間やん

でも、シーソーが壊れると思う

シーソーは真っ直ぐにいるためにバランスをとらないといけないやつ

片方だけずっと重ければ板が折れる

ビー玉はどうにもできない転がり続けるもの

シーソーは傾きながら真っ直ぐにいたいと健気なやつ

これは自分ではそうしようもできないこと

不安も自信も同じシーソーの傾き

向きが違うだけ

なくならない

ビー玉がある以上 なくならない

ビー玉が何かはわからない

大切な何か、な気はするけどね

ビー玉があること

シーソーがいること

傾くこと

これは自分ではどうしようもできないこと

だから

不安になったり自信になったり

自分ではどうしようもない

ことにしよう

意地になってシーソーを傾けようとすれば余計にビー玉が転がって重くなる

それは嫌だ

シーソーは軽くフラフラさせておこう

そうしよう

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